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藤田嗣治レクチャー

藤田嗣治

私のホームページは長女が管理していますがその長女が子育て真っ最中、時間のゆとりがなくホームページの方はお休みがちです。

そこで私、池田清明が初めてブログを書く事になりました。


先日8月30日帝国ホテルで藤田嗣治についてレクチャーを行いました。このイベントは家庭画報の企画です。

丁度今、東京都立美術館で開催されている藤田嗣治没後50年展に合わせて読者の方々に呼びかけたもので、藤田嗣治のレクチャーを聞いてフジタに因んだディナーを味わいながら山形由美さんのフルートと西村正秀さんのギター演奏を聞こうというものです。


話は5ヶ月程前にさかのぼります。
私の留守に家庭画報に勤めている旧知の方から電話がありフジタについての講演を頼まれました。

その時電話に出た長女が私に相談もなく「父はそういうの得意ですよ!」と答えてしまい話が進んで行きました。

しかし私自身はというと・・・
それまで藤田嗣治という画家はもちろん知ってはいたけれど特に興味を持って研究をしたことはありませんでしたので、安々と引き受けてしまった長女を恨みつつフジタ研究に入ったのでした。

 

講演をすることになり始めてフジタに関する資料を集めて勉強しました。

フジタについての解説、作品集、いろいろに取り寄せて読みましたが、一番興味深かったのは藤田自身が執筆した随筆『パリの横顔』です。

旧友であり私の画集の編集も手がけてくれた小林格史さんがこのことを聞いて大切な本を送ってくださいました。

(古い紙の香りがするその本の裏表紙をめくると、“昭和3年発行 1円50銭” とのこと!)

いろいろなテーマについてのフジタの思いや考えを書いたものですが、その中にフジタの心を見、絵に対する意識の高さを感じました。

 

パリで若い頃から一躍有名になったフジタでしたが、その私生活は退廃的で奔放、その自由さの証拠になんと5度も結婚しています。

当時のパリは、マチスやピカソらの新しい芸術の潮流が次々と生まれ、作品の独創性が重んじられる時代でした。

芸術の都パリに憧れて移住してきた異邦人画家(“エコールドパリの画家”と呼ばれる)たちの集まるモンパルナスに身を置いたフジタは、他の画家同様に、自分にしかできない表現を見出します。

 

日本人であるフジタがたどりついたのは、日本画的な油彩表現です。明暗表現で対象を捉える西洋画に対して、輪郭線で絵をつくる日本画風、画材は西洋の油彩と日本の墨。

さらに研究を重ねフジタ独自の絵肌を完成させます。

フジタの死後の研究で、フジタが終生企業秘密にして来た乳白色の絵肌は、キャンバスの下地に硫酸バリウム炭酸カルシウム、果てはシッカロールなどが使われていたこと、そこに油性でありながら水性の墨を受け入れる秘密があったことがわかりました。

 

《タピスリーの裸婦》 フジタ自画像

 

パリで大変な人気を博したフジタでしたが日本ではその芸術性が受け入れられません。

時代は第一次世界大戦から第二次世界大戦へと激動の時代です。

従軍画家としてようやく日本で受け入れられ有名になり、一生懸命に戦争画を描きます。

描写力に優れたフジタの戦争画はその前で人々が涙をながし、お賽銭の山ができたそうです。

しかしその末路は、従軍画家としての戦争責任一切を背負わされ、日本に絶望し、再びフランスへ渡るのでした。

 

フジタの最後の作品は、教会の設計とその壁面を飾る壁画の制作でした。

フジタのファンでパトロンでもあったシャンパン会社の社長の援助のもとその敷地内に教会を作ったのです。

教会に入ると360度、フジタのフレスコ画が描かれています。

そしてその祭壇の下にフジタは最後の妻君代とともに眠っています。

フジタ礼拝堂 - メゾン・デ・ミュゼ・デュ・モンド

 

上記のような予備知識を持って上野の都立美術館で開催している藤田嗣治展を見に出かけました。

その上で作品を見ると、細く繊細な面相筆の線に命を感じました。

一枚一枚の絵がその背景を知ることでより深く見えることを実感しました。

 

激動の時代を生き、波乱万丈の人生を生きたフジタ。
しかし、“絵描きとして最高にしあわせな人生であった”というのが私の感想です。

 

渋々引き受けた仕事でしたが、そんな藤田嗣治像を皆さんに紹介する事で展覧会を見る感心が深まればと思いました。


与えられた講演時間30分を10分オーバーしてしまいましたが話したい事の半分も話せず不消化のまま終わり反省の残るレクチャーとなりました。


講演の後帝国ホテルシェフによるフジタに因んだ贅沢なディナーをいただいた後、山形由美さんのフルートとギタリスト西村さんの素晴らしい演奏を聴きました。
それぞれの曲目は山形さんがフジタに因んで選んだもので、山形さんもフジタのことをよく勉強しておられ、演奏の合間のトークでは私が話せなかった事を誠に上手く話して下さいました。
なお私は今までも音楽をテーマに絵を描き「技術に伴った形の美しさがある」と常々申してきましたが、山形さんの美しいメロディーと共に姿の美しさに見惚れていました。
写真はイベント終了後、山形さん西村さんと共に記念写真をお願いして撮ったものです。

左から妻、山形さん、清明、西村さん

 

没後50年 藤田嗣治展

2018年7月31日(火)〜10月8日(月・祝)

東京都美術館

https://www.tobikan.jp/exhibition/2018_foujita.html

 

一水会展も同館にて開催しております。

新作「桃を描く」F100を出品しています。

http://www.ikedaseimei.com/frame-news.htm

2018年9月20日(木)〜10月5日(金)

東京都美術館


at 23:14, 初絵, イベント

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