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「高原の夏」2008日展

第40回日展の作品「高原の夏」です。
昨年2008年11月に六本木の国立新美術館から始まり、ただいま名古屋に巡回中です。→巡回スケジュールはこちら



長野県、蓼科高原の夏はとても爽やかでした。
夏真っ盛りの8月ですが、薄手のブラウスに綿のボレロジャケットを羽織った衣装では寒いくらいです。
朝、あたりがすっかり明るくなった頃から、太陽が木漏れ陽を落としながら昇っていき、やがて森の木の高さを超えてしまう午前11時くらいまでが仕事の時間です。

朝、真っ暗な森に太陽が差すと、緑の楽園になるのです。

以前は屋外にモデルを据えて大作の製作もありましたが、ここ最近はずっと室内でしたので、久しぶりの屋外制作です。
自然の中で朝の光をあびて仕事を始めるのは、なんと気持ちのいいことでしょう。朝露で濡れた草を分け入って立ち位置につく。湿った草と土の感触はやわらかく、深呼吸をすると森の生命が胸いっぱいに満たされるようです。今日はどんな風に絵が進むだろうという期待感と緑の中で時をすごす嬉しさがあいまって、とにかく毎日ウキウキ。モデルをすることが本当に楽しかったです。

父はというと、やはり楽しいばかりではなかったのですが・・。

休憩用の温かいお茶のセットも準備OK

120号のキャンバスの中の私は本物の私と同じ大きさです。つまり等身大。


さて、蓼科高原は標高1600メートル、高山植物やめずらしい蝶がたくさんいます。私が手にもっているのはオダマキという高山植物です。小さくて、素朴で、かわいらしい、はかなげな花。

写真はアサギマダラという蝶。

山荘の庭に咲くヒヨドリ花にさそわれてたくさんのアサギマダラがやってきます。

水色の羽に黒と浅黄色の美しい模様、体は白黒の水玉です。
8月の初めにはどんどん増えて、いっぺんに7匹も8匹も私達の周りを飛んでいました。日が高くなり温かくなると起きてきて遊び、また夕方になるとおうちに帰っていくようで、とても可愛かったのです。しかし、お盆前になるとぴたりとその姿が見えなくなり、とても寂しくなりました。

この蝶はなんと渡り鳥ならぬ渡り蝶で、その生涯2ヶ月程の間に、海を越え、沖縄や中国まで2000キロの旅をするそうです。
そして卵を産んで死んでしまうのですが、こんどは生まれた子供が逆のルートを帰ってくるのだそうです。

絵の背景に登場している白い花は、ヒヨドリバナ。上の写真でアサギマダラが蜜を吸っている花です。強い毒の成分を含んでいるそうで、アサギマダラはこの毒の蜜を吸うことで体を毒化し、鳥などに食べられないようにしているのだとか。美しいものには毒があるのです。

アサギマダラが旅に出ると、こんどはとんぼが増えてきました。私は初めて、とんぼは夏でも山にはいて、秋になって涼しくなると里に下りてくるのだということを知ったのです。秋になってから生まれるわけではないことを、そういえば知っていたけど、本当は知らなかったのでした。

「あ!お父さんが描いた森の木にとんぼがとまった!へへへ」
と父が言いました。自然とそっくりに描けたからとんぼがとまったと、帽子の上にとんぼをのせて自画自賛の父に、「お・お・お父様、キャンバスの裏にもとんぼがとまっておりますが。。」とは口がさけても言えませぬ(笑)

屋外での制作は、太陽の影響をもろに受けます。なるべく影響が少ないようにと、人物には日があたらない時間帯を選んで描くのですが、画面全体をそのようにするのは難しく、また、陽の光をうけて輝く葉っぱはとても魅力的です。今、この絵では、画面の左上や、右下の熊笹に日があたっているのがお分かりになるかと思います。
太陽は、背景の木々の色や姿を刻一刻と変えていくのです。
それを写生しようと追いかけて、振り回されて、その変化が魅力的だからこそまた追いかけて、そうしながら画面の中でちょうど良く、また自然な陽のあたり具合を探します。
父は、もともと水面や木漏れ日など変化をするものが好きなので、苦労とは思わないようですが、背景ばかり描く日が何日も続いたのです。

いいえ、私はお休みではありません。
モデルがいて、その後ろに見える背景と、モデルがいない状態で見える背景とは違うのです。

今年も力を尽くし、満足いく絵ができました。
たくさんの方々にご高覧いただけますよう願っています。

涼しいので蚊がいません

こちらは山のアトリエの窓、偶然木の位置や陰影がいいところにきて、一枚の絵のようでしょう。夜になると蛾の標本と化す窓です。。ギャー

今、山のアトリエはこんなかんじ。

山のアトリエは小さなログハウス。






at 18:15, 初絵, 人物画

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